エンターテイメントな日々

エンターテイメントに関して綴ったブログです。 映画・音楽・アニメ・アニソンの裏方として生きること20年、 パフォーマーとして人前に立つようになって10年。 趣味と実益を兼ねて、ではなく、実益と実益を兼ねて、 改めてエンターテイメントを表からも裏からも語ってみようと思って作ったブログです。

「ましろのおと」4話の感想

ましろのおと4話

を見ました。

雪がまた一歩、いや今回は二歩も三歩も成長した回でした!
松五郎の過去を知り、それがまた雪の成長へ繋がるという時間を超えた壮大なストーリーでした!

◆オリジナリティーとはそういうことです!
今回、私が一番グッと来たのは、雪が松五郎の音を追いかけるのを辞めたところです。
どれだけ頑張っても、松五郎のようになれないと気が付いた雪は、自分の音を、自分らしい演奏をすることの大切さに気が付きます。

これ、音楽だけじゃなくて、きっと画やすべてのアーティストに当てはまることだと思うのですが、初めは「模倣」なんです、何事も。でも、そればっかりではダメなのです。

そのままでは「アナ」タである理由がないのです。雪は、それに気が付きました。
そして、松五郎の音をそぎ落とし、自分の音に変えていくことにしました。

◆おばあちゃんの記憶の中の松五郎?
朱里のおばあさんに「春暁」を聞かせる日が来ました。

雪が弾き終わると「全然違う」と言います。違いを聞く雪に、おばあちゃんは「アナタは上手、私が聞いたのはもっと粗末な音だった」というのです。

朱里のおばあさんは戦時中だった子供のころ、疎開先で三味線流し(演奏して対価をもらう)をしている少年に出会います。国全体が苦しい時期で、その少年のことは誰も相手にしません。

そんな時、少女だった朱里のおばあさんは配給でもらった芋をその少年に渡し、三味線を引いてもらいます。三味線は雪が持っているものよりも、もっと小ぶりで皮が破れ、切れた糸も結び音が出ればいいという粗末なものでした。

朱里のおばあちゃんはその時すでに、戦争で父親を失い、生きる気力を失っていました。そんな朱里のおばあちゃんに、三味線の少年は「生きなければならない」と伝えます。

その少年が弾く三味線の音は、優しくて生きる勇気をくれたというのです。そして雪の音には、痛みを癒す優しさがある。音の魂が引き継がれた。昔と今が繋がって嬉しいというのでした。

戦時中に、朱里のおばあちゃんが出会った少年が松五郎だとはっきり断定するような発言はありませんでしたが、「春暁」が松五郎のオリジナル曲ということで、その少年が松五郎だったと解釈できます。
時間を超えたなかなか壮大なストーリー、非常に手の込んだストーリー展開で感動ものです!

◆思わず爆笑
全国大会で二連覇した神木清流の前で、上手く演奏できなかったと雪が、兄の若菜に告げると、神木の前で下手国なんて何事だ?!「死ね!!」といって電話を切ってしまう若菜。

声をかけても反応がない朱里のおばあちゃん。雪が「生きてるか?」というと、おばあちゃんは威勢よく「生きてるわ!!」

私、お気に入りの、爆笑シーンです。